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ぎんなん霊苑

ぎんなん霊苑


ぎんなん霊苑のある浄珠院はもとは天台宗の慈覚大師の開山された道場で「清光山大海寺」と号していましたが、 応永年間(1394年〜1427年)に、松平家二代 奏親の長子である教然良頓により浄土宗へ改宗され再興されました。永禄六年(1563年)の一向一揆の際、上和田に住んでいた大久保一党が一揆と対峙し、家康公も出陣し激戦となり、その際、当浄珠院が家康公の本陣となって、境内の太子堂前で和平が交わされるはこびとなりました。境内には三ツ木城主 松平蔵人信孝公(家康公の祖父の弟)の墓があり。又、岡崎市の名木指定されている樹齢四百年の大銀杏の木が所狭しとそびえて参拝者をやさしく包み込んでいます。愛知岡崎市の霊園墓地、ぎんなん霊苑です。

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